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存在価値

良く企業カラーとか自社や自店の特徴を色で表現する事がある思いますが、
ここで、質問です!!

Q:あなたのサロンは何色ですか?

Q:あなたの行きつけのサロンは何色ですか?


別の質問をすると・・・

Q:あなたのサロンを一言でカンタンに人に伝えるとしたら?

Q:あなたの行きつけのサロンを友人に一言でカンタンに説明するとしたら?


・・・どうでしょう?表現できましたか?


うちの場合は
「アイザはマニアック」!?
と言って頂いております。

でも~本当は「マニアック」ではなく「本物志向」と言って頂けたらと密かに思っております。
百貨店のようにピンからキリまで何でも取り揃えております!
ではなく、『BEAMS』のような良いものだけを取り揃えた美容版セレクトショップを目指しているからそのような評価をいただけているのだと解釈しております。(笑)

このようにサロンの『色』とはそのサロンがその業界でどうあるか?
更には社会的にどのような存在でいるのか?
その価値をどうサロンに表現しているのか?ではないでしょうか。

正しい、正しくない、カッコいい、かっこ悪い、好き、嫌いではなく
どんな価値でもいいと思いますが、

ただ、自分達がどうありたいのか!
人がどう思おうが、自分たちの目指すサロン像

それがサロンコンセプトで軸になるのではと思いませんか?

このための『拘り』は必要ですが、どうありたいのかが明確にないのに
なぜか不思議な拘りをお持ちになっている人って・・・いますよね。

その拘りって下手すると単なる、変化を恐れた心のブレーキであったり
面倒くささの延長にあったりと、結構小さい事だったりします。

色々なサロンへお邪魔する仕事がら

?????

と思える拘りをお持ちの方も出会っていないとは言えません。

ただそんな時
「なんて可愛そうな方なんだろう(涙)」
数年後もサロンにいるのかなぁ?

~なんて、思ってはいけませんが・・・

でも、思いますね~ぇ、正直。

特に今の時代は乱世の真っ只中
あっという間に企業も含めサロンもつぶれます。
その変化に柔軟に対応し、存在し続けるためには
軸はしっかり、でも変な拘りはパット捨ててしまえる。

そんな考えと行動力を持つことが大切なのではないのでしょうか?

古い因習に囚われない、自由闊達な考え方が出来る人に成りたいですね。
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by izasekikawa | 2008-01-17 02:00

心新たに・・・

いよいよ新年がスタートいたしました。
当然美容室は4日辺りからすでに仕事始めをしています。
私は3日まではお寺の行事で4日から本当のお休み?

しかし、4日は新規オープンのサロン様のお祝い事があり
今日5日が完全OFF!!

7日から私どもも仕事はじめですが、先日からスタッフとは連絡を取り合い始め
すでに仕事モードに・・・!

私は毎月購読しています月間致知(チチ)2008年2月号を熟読しながら
仕事始めに対する心の準備をしておりました。

その中の一部をご紹介いたします。

「いい会社をつくりましょう」の企業理念で有名な
伊那食品工業の塚越会長のインタビュー記事です。
ちなみに知らない方に
伊那食品工業は粉末寒天の総合メーカーです。

塚越会長は21歳で赤字続きのこの会社の社長として配属され48年間にわたり
増収増益を続けてこられた素晴らしいトップです。

その方が長年の経験から導き出した企業価値は経営者の心得は素晴らしいものです。

そして、この文面が私を勇気付けてくれました。

企業の価値はけっして規模の大小で測れるものではない、
大きければいいというものでもない、
~そして企業の真の目的、価値は永続することだと実感したのです。

~うちも真の老舗を目指していこうと考えて、次の五項目を目標として掲げました。
1、無理な成長をしない
2、安いというだけで仕入れ先を変えない
3、人員整理をしない
4、新しくよりよい生産方法や材料を常に取り入れていく
5、どうしたらお客様に喜んでいただけるかという思いを、常に持ち続ける

非常にわかりやすく、なんとなく品も感じる塚越会長のインタビュー記事でした。

企業が永続することで
企業の品格や企業文化そしてそれが地域貢献につながるのだと改めて
自然の法則を知らされた記事でした。

現在非常に永続が難しい時代です。
きっと今年もそうでしょう。

しかし、そこにチャレンジし、乗り越えることが
社会に存在する価値のある企業の証であり

それを舵取りするのが優れたトップなのでしょう。
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by izasekikawa | 2008-01-06 03:31

義民の代表者へ参拝

私の祖先に佐倉惣五郎という方がいます。
ちょうど私はその17代目にあたります。
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その方は大変な方で、毎年1月2日にはその方の奉られている
千葉県佐倉市に在する宗吾霊堂へ参拝に伺い
管主(位の高いお坊さん)様と面会をし、一年の無事を報告致します。
ここで、その方のことをお話したいと思います。

本名は木内惣五郎といい、慶長17年(1612年)下総國印旛郡公津(現在成田市台方)村に生まれました。

今から350年前、下総国印旛郡佐倉は堀田家の領地でしたが、
この堀田家の印旛沼埋め立て事業が失敗し、年貢の取り立てが年々厳しくなっていきます。

ある時、祝い事にかこつけて各名主が宴会に印鑑持参で呼び集められ、
強引に年貢を向こう五年間二割増しにさせられてしまいます。
この宴席に一人行かなかったのが公津岩橋の名主・宗五郎だったのです。

この重税に他藩・他領へ夜逃げする者、先祖のお墓を守ろうと、何も無いアバラ屋で草の根を食って飢え死にするものもあり、遂に承応元年には潰れた家が380軒、夜逃げしたものが1,730人、檀家を失った為に潰れた寺が11ヶ寺と当時の記録にあり、まさに生き地獄そのものといわれております。
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彼はこの強引な年貢の取立てに対して一揆寸前のよその小前を説得し、佐倉を代表して殿様に直訴します。

しかし暗君である堀田上野介はこれを取り上げてはくれませんでした。
やむなく、彼は堀田と同格の大老・酒井雅楽頭に駕籠訴えをします。

この訴えは聞き届けられるのですが、堀田は酒井の説得にも耳を貸しませんでした。
酒井は宗五郎の身柄を上野寛永寺の凌雲院大僧正・お手代圓珠院に預けることになります(寛永寺内は一種の治外法権エリア)。

こうなれば命を捨てる覚悟で将軍家に直訴するしかない、と宗五郎に助言した圓珠院は、出入りの駕籠屋(侠客)・井筒屋五郎兵衛に命じて、妻子との別れをさせるため宗五郎を佐倉へ送るのです。
 
難しいですか?
つまり・・・
宗吾郎が大老・酒井に直訴をしたために、ただでは済まされないとして
凌雲院大僧正は彼の身を案じ県外の寺に身柄を預けたのです。
この時、宗五郎はここまでしても堀田という奴は農民の苦しみを理解してはくれないと命をかけての将軍への直訴しかない事を決意したという事です。
 
安食の宿・島屋源兵衛という旅籠で役人の詮議を危うく逃れると、宗五郎は松崎の土手へ向かいます。
ここで渡し守・甚兵衛の義侠で舟を出してもらった(「甚兵衛渡し」)宗五郎は、自宅へ戻って妻子に別れを告げることができるのです。
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帰途、役人に見咎められた宗五郎は甚兵衛によって救われるのですが、甚兵衛はこの役人を殺した罪を負って印旛沼に投身して亡くなります。
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万治元年十二月二十日、圓珠院のサポートのもと、寛永寺にお成りの将軍家綱に宗五郎は直訴することが出来ました。
これは取り上げられ、堀田家の重臣共はことごとく重く罰せられました(かつて宗五郎の訴えを取り上げようと努力した江戸家老小島式部をのぞく)。
そして、宗五郎は堀田家へ引き渡されて、妻子もろとも処刑されてしまいます。

このとき、隣の常陸の国だった今の私の実家へ長女が嫁にきたことで、この処刑を免れ現在の私にその血が受け継がれているということです。

また、この物語は歌舞伎でも描かれ
「東山桜荘子」は嘉永(1850年代)の大ヒット後、幕末から昭和初年まで頻繁に上演されたようです。
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外題は改作にともない「花雲佐倉曙(はなぐもりさくらのあけぼの)」、「桜荘子後日文談」などと変化していきますが、明治30年代ごろから、「佐倉義民伝」として定着しています。

自分だけでなく、家族を処刑に巻き込んでまで多くの人々を救った宗吾郎。

この人の血に恥じない生き方をしなければいけないと改めて思う日でした。
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そして、参拝のあと恒例のおみくじを家族みんなで引いてみると・・・
やはり、今年は何かが違う!!
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見事引き当てました。

今年は自分の信じることを貫く年であるようです。
私は、理美容業界の真実を常に謳ってきました

その真実に向き合うことができるサロン様と共に歩んできました。

利より信
正に今年はそのような年になるような素晴らしいおみくじでした(笑)
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by izasekikawa | 2008-01-02 20:04

ゆく年くる年

今年も終わり

そして、期待と希望に満ちた新年が訪れる。

ココ政継山 誠諦寺(セイケイザン ジョウタイジ)で年を越すようになり
早5年目を迎えます。

特に出家したわけでもございません。

江戸時代から代々我が家で受け継いでいる
お寺の総代役を引き継いだためです。

30代の私には多少堪えるところがありますが

これも私の運命・・・。

4年前他界した父に代わっての大役です。

当然一緒に寺の総代を勤められているのは60代以上のかたがたばかり・・・

年に5回ほどお寺の行事がありそのたびに総代役は奉仕するのです。
その他寺の掃除や、修繕等も時たま行いますので
実際には年中寺には関わっております。

そして、今年一年の締めくくりは除夜の鐘です。

31日には準備を行い
夕方に集まり、新年の3時くらいまで寺にこもります。

寺の境内で今年一年の反省をし、新年を新たに迎えます。
心洗われる瞬間でもあります。

しかし、残念なのは一生家族と共に年を越せないことです(涙)
当然、K-1  PRIDE  紅白とは無縁です。

今年はあるのですか?

11:55分くらいから鐘を突き始めます。
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皆さんはどんな気持ちで新年を迎えられましたか?

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お寺の奉仕作業は汚れやすい私の心を都度洗い流してくれます。

改めて素晴らしい新年を迎えられたことに感謝いたします。
そして、皆様にとって素晴らしい年でありますように・・・。

合掌
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by izasekikawa | 2008-01-02 18:20